ソクラテス〜真理を追い求め哲学の黄金時代を築いた男〜

世界

ソクラテス。

彼は真理を追い求めた古代ギリシャの哲学者として有名な男だ。

「無知の知」や「ソクラテス式問答法」は知っている人も多いだろう。

ソクラテスは自身の書物を一切残していないが、弟子であったプラトンがソクラテスに関する書物をまとめ、それが今でも広く知れ渡っている。

ソクラテスは弟子に強い影響を与え、その後の哲学の黄金時代の源流となった。

そんなソクラテスの生涯を追っていきたい。


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黄金時代と陰の時代

ソクラテスはギリシャの都市国家群の一つであるアテナイという国で生まれた。

当時のギリシャの都市国家群ではアテナイとスパルタが強力な力を持っていた。

ソクラテスが生まれた当時アテナイはペリクレスという人物が指導者だった。

ペリクレスは近隣のペルシャとの戦争を終結させ、スパルタとも和平を結んだため、アテナイは平和だった。

そんなアテナイでは哲学の他にも芸術が大きく発展していた。

パルテノン神殿の再建やアイキュレス、ソフォクレス、エウリピデスの3人のギリシャ三大悲劇詩人の登場、そしてソクラテスの登場がこの時代であり、「黄金時代」または「ペリクレス時代」と呼ばれ、文化が大きく発展していた。

ソクラテスはその黄金時代で青年期を過ごした。

だが、その黄金時代もソクラテスの晩年には終わりを迎える。

一時的な和平を結んでいたアテナイとスパルタだが、両国とも強国のため、再びギリシャの覇権を巡って争いになってしまう。

この争いはペロポネソス戦争と呼ばれている。

ペリクレスの死後も戦争は続き、最終的にスパルタ側の勝利で戦争は終結する。

これによってアテナイの軍事力は弱まり、文化の発展もストップしてしまう。

そしてアテナイが弱まった原因は若者が堕落してしまったこととし、ソクラテスは哲学によって若者を堕落させたという濡れ衣を着せられてしまう。

ソクラテスは死刑判決を受け、その執行猶予期間中に自ら毒ニンジンを食べて自殺するという最後を迎える。

ソクラテス式問答法

ソクラテスの哲学とはどんなものだったのか。

ソクラテスが行ったことで有名なことの一つに「ソクラテス式問答法」というものがある。

このソクラテス式問答法とは、当時権力を握っていて、知識が豊富であるといわれていたアテナイの政治家にソクラテスが質問をした時の質問方法のことをいう。

例としては、正義とは何か→幸せになること→幸せとはなにか→楽しくなること→楽しいとは…

といった具合で相手が答えられなくなるまで質問を続けるようなものだ。

質問を続け、相手が答えられなくなったら、その人は結局はそのことについて何も知らないということをソクラテスは証明した。

このソクラテス式問答法はソクラテスの弟子たちが議論をする時にも使われ、より議論を深めるためにも使われた。

だが、当然無知識だと言われた政治家たちは良い思いを持たず、これが後にソクラテスが死刑判決を受けることにもつながったと言われている。


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無知の知

ではなぜソクラテスはわざわざ反感を買うようなことをしたのだろうか。

それは彼の追い求める真理に近づくためだった。

真理とは「永遠であり普遍であるもの」とされている。

この真理を追い求めるという行為は古代から行われ、今現在も追い求められている。

ソクラテスは、この真理を知るためにはまずは自分が何も知らない、つまり無知であることを自覚するところから始めよという考えを持っていた。

これは現在では「無知の知」として有名である。

そんな考えを持っていたので、ソクラテスは人々にも自分と共に真理を追い求めようと投げかけるために、知識が豊富といわれている政治家でさえも本当は何も知らないということを証明するため、ソクラテス式問答法を使って質問したといわれている。

このソクラテスの真理を追い求める姿勢にアテナイの若者たちは惹かれ、ソクラテスのもとには弟子にして欲しいと頼みにくる若者が大勢いたといわれている。

その弟子の中には後にイデア論を唱え、ソクラテスに関する書物をまとめたプラトンもいた。

ソクラテスは共に真理をもとめる仲間を歓迎し、弟子たちから謝礼は一切受け取らずに哲学を共にしたといわれている。

ソクラテスの死と哲学の黄金時代の到来

そんなソクラテスだったが、ついに恨みを持った政治家たちから復讐されてしまう。

ソクラテスは若者を堕落させたという濡れ衣を着せられ、死刑判決を受ける。

この死刑執行までにはかなりの猶予があり、逃げる時間があったとされているが、

ソクラテスは逃げたら自分が今まで追い求めてきた真理を否定することになるとし、

自ら毒ニンジンを飲んで自殺する。

こうしてソクラテスは生涯を終えたが、それは同時に哲学の黄金時代の始まりを意味した。

ソクラテスの死を見届けた弟子たちは、師の真理を追い求める姿に感激し、ソクラテスの死後もより一層哲学に励むようになった。

ソクラテスの弟子であったプラトンがソクラテスに関する書物をまとめたことで、ソクラテスの生き様を多くの人々が知るようになり、アテナイ以外の各地でも哲学が発展することとなった。

また、プラトンは大学の源流となる「アカデメイア」を創立し、たくさんの生徒にソクラテスと自分の哲学を教えた。

その生徒であるアリストテレスが更に哲学を発展させるといったような広がりを見せ、哲学は世界で広く行われるものとして発展を遂げた。

この哲学の黄金時代の源流であるソクラテスは偉大な哲学者だったと言えるだろう。

参考書籍


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哲学と宗教全史 [ 出口 治明 ]
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