サリエリ〜モーツァルトを殺した者に仕立て上げられた男〜

フランス

アントニオ・サリエリ。

彼はヨーロッパ楽団の頂点にたった音楽家だ。

そして、モーツァルトを殺した男といわれている。

戯曲や映画「アマデウス」により彼は人々の記憶に残り、神に愛されし男を殺した音楽家といわれた男サリエリとはどんな人物だったのだろうか。


アマデウス [ F.マーリー・エイブラハム ]

ウィーンへ

サリエリは幼少の頃からチェンバロやバイオリンなどの音楽の教育を受け、生まれ持った才能と共に音楽の技術を高めていった。

そして、サリエリの音楽の才能を知ったウィーン宮廷から招かれ、サリエリはウィーンへ行く事になる。

ウィーンは音楽の都として知られ、当時も音楽が盛んに行われていた。

サリエリは神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世から宮廷作曲家、宮廷楽長に任命され、なくなる直前までその地位にいた。

サリエリは作曲家としても活躍し、43曲のオペラを作曲した。

また、宮廷楽長としての高い社会的地位を獲得し、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンなどの当時の著名な作曲家との交流もあった。

優秀な指導者

サリエリは指導者としても優秀で、ベートーヴェンやシューベルトなどの後の偉大な音楽家たちも指導した。

また、サリエリは弟子から一切謝礼を受け取らず、才能のある者への支援を惜しまなかった。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

サリエリという人物の中で最も有名なのがモーツァルトとの対立だ。

対立といっても、本人たちは親交を持っていたようで、

サリエリはモーツァルトが作曲した「魔笛」を高く評価している。

モーツァルトの死後もサリエリはモーツァルトを助けることになる。

しかし、2人が存命中だった当時から2人の対立を噂する声が絶えなかった。

サリエリがモーツァルトの作品を盗作したという噂や天才と呼ばれたモーツァルトを激しく妬んでいるという噂があった。

そして、モーツァルトが死去した際、モーツァルトはサリエリに毒殺されたのではないかという噂が世間に広まった。

サリエリ自身も「モーツァルトを毒殺したのか。」と直接聞かれることもあった。

最初の方はサリエリはしっかりとした態度で噂を否定する余裕があったが、何回も言われ続け、精神的な負担が大きくなっていった。

弟子に自分に対する噂は根拠のないものだと訴えたことさえも、サリエリがモーツァルトを毒殺したという声を強めることになってしまった。

「アマデウス」やサリエリを題材とした作品では、その後彼は精神を病んで精神病院の中で生涯を終えたとされることが多いが、実際はサリエリはモーツァルトの死後もしばらくは生き続けた。

また、死の直前まで入院していたが、原因は痛風と視力低下のためだった。

モーツァルトの死

モーツァルトは35歳の若さで死去した。

サリエリはモーツァルトの葬儀に参列し、その後もモーツァルトの遺作の「レクイエム」を初演するなどした。

また、サリエリはモーツァルト亡き後、彼の息子を指導した。

これらのことからもサリエリとモーツァルトの間では親交があったことがうかがえる。

アントニオ・サリエリ

その後サリエリは74歳で死去した。

宮廷楽長として高い社会的地位を築きながらも、モーツァルトを殺した男という噂に生涯悩まされることになったサリエリだが、ヴェートーヴェンやシューベルトなど彼の指導した音楽家たちは彼の後を継ぎ、名声を轟かせた。

音楽家としての評価こそ少ないサリエリだが、音楽界の発展に大きく貢献した人物の1人といってもいいだろう。


サリエーリ 生涯と作品 モーツァルトに消された宮廷楽長(新版) [ 水谷彰良 ]

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